連勤術師創世記1
私、実はバイト戦士の中でも連勤術師と自負しています。
周りで月25万オーバー稼ぐ人とか知ってるから、私なんて大したことではないんだけど。
でも、月の労働時間150いったから
れっきとしたアルバイターだと思ってる。
あと数ヶ月で
アルバイター人生も引退って考えると
本当に感慨深くてこの記事を書いてる。
「連勤術師」って言葉、
今のバ先で働いていた連勤してるお姉さまから教えてもらって愛用してる。
是非みなさんも愛用して。
私のいう連勤は3連勤アップのこと。
3連勤までは呼吸なので、連勤と認めない。
私の本格的な連勤術師デビューは
大1の冬。
クリスマスイブからの11連勤をした。
もちろん三が日も出勤。
これが本当にしんどかった。
多分人生で一番しんどかった。
まず、仕事ができない自分に半端なく嫌気がさして病んでた。
アルバイトの人間関係、立地、その他諸々の環境が悪すぎて病んでた。
プライベートでも
当時19年の人生の中で一番大好きだった人がいたんだけれども
半端ない玉砕(お前みたいなやつが大嫌い的なこと言われ、態度を取られた)をし、
世も末レベルで病んでいた。
(当時のバイト先について
説明すると、
新宿のホテル内の居酒屋みたいなところと今のバ先を掛け持っていた。
今のバ先も相当混み方はエグいのだが、
新宿のお店は地獄級に本当にエグかった。
仕事わかんないのにヘルプで7店舗くらい飛ばされる。
毎日店長にキレられる。
宴会シーズン、1人で50人以上相手にする。
酒の種類がバカ多い。(当時未成年)
賄いがまずい。
客層が良いため、接客が大変。
家帰ったら1時過ぎる。
伝わらないと思うけどクソ辛かった。
でも、新宿のお店の前にやってたアルバイトより
人生で初めてやったアルバイト方が色々とやばかったから、それでも恵まれてると勘違いしていた。
そのクソバイトについてもまた今度語る。)
働けば、余計なこと考えなくて済む
たしかにその通り。
今となっては労働のモチベの1つ。
でも当時の私は、
アルバイトが病みの原因の1つだから、
失恋のこと考えなくてもバイトでさらに病んだ。
忘れもしない
2015.12.24
ストレス性胃腸炎の中、
新宿の他店舗にヘルプ飛ばされ、
刺すような胃痛とこみ上げる吐き気と闘い、
なんとか退勤して
帰り道、自販機でキレートレモン買って飲んだ瞬間、新宿の街のど真ん中でゲロ吐いた。
この瞬間、
「何が楽しくて今生きてんだろう」
っていう虚無感に襲われたの、忘れもしない。
結局、私が今のバイト先続いてんのって、
愛すべき地元の子たちに出会えたからなんですよね。
バイトなんて金稼ぐ手段に過ぎないのはもちろんなんだけど
同年代の人たちが集まって、楽しく稼ぐのが本来の形だって感じた。
「金いらないから働きたくない」
って思った時は、本当に辞めどきだと思う。
これって仕事にも通ずることで、
「給与、名誉、夢、何もかも失ってでも辞めたい」って感じつつも働いてたら、
線路に飛び込む人になる。
そう思ってしまうまで追い込まれた時点で
環境に問題あると思う。
環境のせいにするなって考えも
ごもっとも。
だけど、少しはゆとり持って生きていきたい。
ここまでダラダラと自分の経験談
語ってきたけど、
なにが言いたいかって
私が連勤できるのは、
人間面での環境のおかげなんですって話。